テモテへの手紙一5章17-22節
牧師はどのように扱うべきでしょうか?長老は、牧師とほぼ同じ意味にとることができます。御言葉の教えのために労苦している牧師たちは、新共同訳では二倍の報酬を受けるにふさわしいとあります。新改訳では二倍の尊敬となっています。他の人に対する尊敬、報酬を基準にして、その二倍ということです。その理由は二つの旧約の聖句が引用されていますが、いずれも働きに対する対価を払うことの必然性からです。「長老に反対する訴えは、二人あるいは三人の証人がいなければ、受理してはなりません。」牧師の立場はキリストが与えているのですから、容易に揺るがされてはならないものです。教会に忍び込んだ異端者が牧師を訴えることを許したばかりに教会が崩壊してしまうことがあります。これらの指示は物議を醸しそうなものですが、「神とキリスト・イエスと選ばれた天使たちとの前で、厳かに命じる」とあるように、神様からの命令としてそのまま従うものです。それだけに「性急にだれにでも手を置いてはなりません。」つまり、誰かを役職に立てるときは、慎重に行わければならないということです。
牧師の取り扱い方【1分で読めるマナメール第64号】

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