イエス・キリストであるかのように受け入れる【1分で読めるマナメール第364号】

マナメール

ガラテヤの信徒への手紙4章12-15節
使徒パウロが最初にガラテヤの信徒たちに対して宣教した時、使徒パウロはベストコンディションではありませんでした。むしろ、つまずきを与えても仕方のないような状況でした。ところが、ガラテヤの信徒たちはパウロをさげすんだり、嫌ったりせず、神の使いであるかのように、キリスト・イエスであるかのように受け入れました。その時のガラテヤの信徒たちのことを、パウロは「幸福を味わっていた」としています。神が遣わす人を神の使いとして受け入れ、キリスト御自身であるかのように受け入れることは、行き過ぎたことではなく、良いことであり、そのように受け入れる人々に幸福を体験させるものなのです。しかし、書簡が書かれたパウロの教えから離れつつあったガラテヤの信徒たちの幸福はどこかに行ってしまっていました。その教えから離れると幸福も去っていくのです。神が遣わす人々をキリスト御自身であるかのように受け入れ、その人たちが語る言葉にとどまりましょう。そうすれば、あなたは幸福を体験できます。限界のない祝福にあずかれるのです。

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